おひさです〜河内言葉で書こかどないしょか迷いながら

ikinapage2005-03-10

♪ 灯りをつけましょボンボリにお花をあげましょ桃の花  ♪

 雛祭桃の節句の歌もとうに季節外れやね。あー。三月十日かぁ。
 ブログやめてませんよ。月読亭羽音です。

 先月末からインフルエンザに急襲されてもて、ズタボロ状態ですわ。
ぼちぼちと復帰しかかってたんやけど、今週頭から花粉症到来でちょっと無気力な日々。
ほんでず〜っとネットから遠ざかってましたんですわ。
 題詠マラソン2005も始まってもて、完走者も出てはリますな。
ひそかに注目しよと思てた啖呵さんが今年も突っ走りましたな。
 昨年よりよっぽどルールに近づいたので、あれはあれでいいんとちゃうでしょうか。
 楽しんでおられるようですもんね。

 で、このブログは書き込んだ日に提出された短歌の雑感を身上にしとりまんので、
 生憎やけど昨日までの歌には触れまへん。(でも、まだ就寝前やから気分は9日ですよって)
どかっで機会あれば、そこでね。

  【 本日立ち止まった歌(3/9) 】



   メガホンに裸電球のせてみて寂しさだけで灯をつけてみる PDP

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


※ 今日はPDPさんのこの歌が一番いいな、と思いましてん。
お題のメガホンをうまいこと使こうたはるな、と。
  そういわれたらメガホンと電灯の笠はよう似てま。
  ほんでもって、メガホンに乗せた裸電球を寂しさでつけてみる、とは、お見事。
  何や学生時代を思い出してしんみりしましたわ。
  そういう行為をほんまにしてしもた時期があったな、と。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


  摩周湖のその淡水の中でしか生きてゆけない藻類がある 正岡豊

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



※ この歌は摩周湖をよう歌とてはるな、と感心しました。
 正岡さんに感心とは失礼かも知れんけど、ほんまにそう思いましてん。
 僕が摩周に行ったのは二回。そのどっちとも霧もなく快晴の状態で見たんですわ。
 深い純な水色で、ああ、あの湖はそこでしか住めない生物がおるやろな、
そういう気配の湖なんです。
 ただ、今日は水曜日で、「トリビアの泉」を見たあとで歌をチェックしてもたもんやさかい、なんとなく、この歌を読みながら、心の中でヘェ〜ってゆうてしまいました。
 それこそ正岡さんに失礼やね、どうもすんません。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  たぶん春 見知らぬ土地で道に迷い線路づたいに歩いた記憶 島田 久輔

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


※ 道に迷っていても楽しい気配のする歌でんな。
 たぶん初句がきいてるからでっしゃろ。
 その辿る記憶の中で、例えば沈丁花の匂いや木蓮の花。
 春の草木の湧きかえる景色が溢れたんちやうかな。
 見知らぬ土地ながら、迷っている途中ながら、そういう景色が明るくさせてる。
 旅の味がある歌やと思います。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  殺させぬその身を削り紡ぎだす言の葉の海アラビアの夜 きじとら猫

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


※ たぶん、こういう人が、何人かいて、夜な夜な呪っておるんやろうな。
 深くベールをまっとた女性が、あのなんとも絵のような文字(アラビア語)を吐き出している、そんな光景を思いましたわ。
 今のイラクパレスチナレバノンでは、絶対に存在する風景やと思います。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  床を這う午後のひかりもおとろえて色鉛筆は散らばったまま 岩崎一恵

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※ この歌に合う(僕の中でやけどね)画像を、今日たまたま撮ったので右上にアップしました。
 大阪の四天王寺にある極楽浄土の庭の一角、六角堂での1コマです。
 ここに色鉛筆があれば面白いやろね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 まだ、インフルエンザボケであきまへんけど、こんな感じで、書き込む気になったその日の歌限定で雑感を記していきますんでよろしゅうに!  

百物語(の予定だったのですよ) その一 〜空〜   月読亭羽音

 この坂を登るのは何年振りだろうか。随分経っているんだろうけれど、つい昨日も登ったような気がする。
 実際、はたちの同窓会を校門前で集まって以来だから、もう二十年か。

 この長い、実に最高記録でも五分十七秒かかった坂道、これが母校の唯一の通学路である。駅から十分の案内、近い場所だな、と思っていたら、もっと駅から近かった。駅の直ぐ目の前、いや目の上だった。なんと通学時間の四分の三は、この坂に費やすのだ。かの最高記録の日は、今思っても、よっぽど体調が良かったのだろう。今日は、ここまでで既に十分を経過している。歳はとりたくないものだ。
 こういう事に時間がかかるのに、一ヶ月や一年の経過する感覚は学生時代より加速度的に短く感じている。ことに結婚してから、特に子供が出来てからなんて、あの頃の一ヶ月ぐらいの感覚で一年が過ぎる。
 一年前に生まれたような気がするうちの豚児が、なんせ母校に入学したのだ。なんとも信じられない、コウインヤノゴトク、などと漢字を思い出せない語句が頭をよぎる。
 自分の母校に息子が入学する。やはり、そのことは何とも気恥ずかしいながら嬉しく、いやがる息子を説得して付き添ってきたのだ。近年、母親の付き添いなど大学の入学式でも普通になっているのに、年少ながら硬派を気取るスポーツ少年の息子としては、かなり嫌な事だったらしい。その証拠に、電車を降りるやいなや、改札を飛び越え、坂をだだだだだだだと駆け登っていったのだった。あの分じゃ、母の記録など、初日にして突破してしまうだろう。まぁ、男の子だし。
 
 入学式に似つかわしく、桜の花びらが足元に寄ってくる。学校では大体がそうなのだが母校も例にもれず桜が何本も植付けらている。山から下りる風に、花びらが坂を走り落ちていく。
 後、どれぐらいで校門だろうか。ちょっと疲れて、ずーっと足元を見ていた。もうそろそろだと思うのだ。桜の花弁が増えてきたのは校門脇の古木のものだろうし、人声も大きくなってきている。
 不意に強い風が吹き、足元の桜が舞い上がった。
誘われるように視線を上げると、煉瓦塀が見えて、黒い校門…あっ、急に頭を上たせいか、目の前が真っ白、立ちくらみか!
それにしては目は回っていないぞ、と思ったら、何のことはない、真っ白なYシャツが目の前に立ちはだかったのだ。
視線を上げると、ぞっくとするいい男…・・・「遅いぞ!」の声にはっとすると、いい男に、見えた、気がした、が、息子だった。しかし、ちょっといつもより、しっかりした顔・・・でもないか、だけども本当に一瞬、ほんの一瞬格好よく見えたな。
 息子は私の真正面に立っていた。気がつかなかったよ、坂ばっか見てたから。
息子はこの坂で汗をかいたのか、ブレザーを左肩にのっけている。そんな生意気なカッコをするから、こっちが眩暈と勘違いするんだ。
「だらしがない」と文句を言おうとしたら、珍しくにっこり微笑まれた。
 何年ぶりだ、そんな顔を向けてくれたのは。
「校門ぐらい、一緒にくぐる?」
 でも、直ぐにいつもの仏頂面に戻って、
「門だけだぞ、門を越えたらダチが待ってるから」
息子は体を学校に向け直すと、5,6歩進み、歩くのを止めた。
「母さん、早く来いよ」
後ろ向きのまま、息子が私を呼ぶ。
そういえば、さっき、踵を返す時に、息子が手を差し伸べたような気がした。
幻視だろうか。でも、この声で確信した。息子は間違いなく≪手を差し伸べて≫
くれたのだ。

「いっぱしに大人になったな」
 さぁ、最後の坂に腰を伸ばして、上を見上げる。
少し滲んだ空は、高く、高く、高く、高く・・・ああ、好い天気だ。

   
      ∴        ∴       ∴


  花びらのゆくえを追えば初めてのYシャツを着た子の空がある 

                           青山みのり



               ∴  

題詠マラソンの自己縛りについて


2003年は各御題に対し十首詠むという自ら縛を課したが見事に失敗。
『蒟蒻』というお題にで挫折、僅か19番目でした。どうしても発表し得る十首が詠めなかった。


ちなみに出典作は


   『食卓で白く乾いた蒟蒻の硬さに重なる自分なのです』


 で、今年の自己縛りはこのブログを継続することなのだけれども、2004年は、では、なんだったかというと、実は掌編小説を100篇書くことだったのです。
題詠マラソンと関係ないじゃん、とおっしゃる方もいらっしゃるでしょうが、実は投稿された短歌から発想して書くと言う企画だったのです。
 先ずは昔からお付き合いのある青山みのりさんの始めの第一歩を祝して一篇書き上げ、二篇目で、しんくわ氏の『恋人よ軍艦島に行くのなら。蜜柑の苗を植えてください』にかかったのです。
二篇目にこの歌を選んだのは、私の出した御題を、私の意図を超越して使われた見事さに惚れたのが一点。
それと軍艦島のとなりの高島に(高島は島半分が炭鉱街跡で無人になっていました―17年前―)探索した経験があること。
高島の、ガランとした炭鉱団地に残されたテレビが、傾きかけた日の光に、廃墟となりし部屋ごとに、透かされた光景が忘れられず、いつか何かに書きたいと思い続けていたから。
これには軍艦島の地図を入手し、丹念に話を練り、1週間で七分ほど書いたところで、パァ〜。
娘より長い付き合いの愛機プレサリオがパンクし、バックアップを取らないほど熱中していたのでパァ〜。
あんなにのめり込んだのに細部が思い出せない。書き直しても何かが違う!
で、一気に投げやりモードで案の定の企画倒れに。
 
 だから何が言いたいんだというと、このブログでも、その企画の片鱗だけはキラメかせたいと、要するに一篇ぐらいそういう掌編も書きます。
                         乞う御期待!

なんと恐ろしい事に 

 いやぁ、ここのカウンターが想像以上に上っているのでビビっています。
 誰が見に来てるのかな、こんなウダ話のコーナーに。リピーターなんかいらしゃるのかな。

 えー、多分、どこにも書いていなかったと思うので、このブログの趣旨を改めて、書いておこうかと思います。

 ここは題詠マラソン2005という、一年間(実際は8ヶ月)で、決められた御題を順々に詠みこんで短歌を百首作るというサイトがあります。で、ここの住人、月読亭羽音も参加しておりまして、その感想とか、ああたらこたらをウダウダと無責任にも書いてしまう、というものです。

 内容はお歌の感想・雑感が主体になるかと思います。基本的には、その日に読まれた歌の事について書こうと思っています。だから、とってもランダムでほんの氷山の一角のようなちゅうと半端なものになると思いますが、ともかく一年間稼動させたい、と思っています。

 なお、羽音は批評や分析の才など持ち合わせていないので、戯言に過ぎず、俎上に乗った方には、不快感も与えてしまうかも知れませんが御容赦くださいね。

 それ以外にも、たらたらと関連したお話などを書く予定です。

  とりあえず、カウンターみながらドキドキする日々が過ごせたらと思っています。

   来てもうてる皆様方、よろしゅうおたのみもうします。

今年も出走する理由は

 ぶらっと本会場の過去ログを見ていたらseiさんが、『参加した理由は、一番気になり続けている人の参加を知ってしまったから。見ていたいですね。リアルタイムで』って書いている。

 誰なんだろうかな、と考えている自分の中でそういう気持ちがないかと考えてみた。
確かに絶対チェックする人はいて、中にはその人のペースがすごく気になったりもしていた。
特に塩谷風月氏あたりだろうか。
昨年は絶対リタイアするだろうと思っていたのに、ゴールを駆け抜けた様は本人としては不本意であろうが、驚異で感動した。まぁ、彼の場合は唯一、実物を知っているという点が大きい。(大学時代の友人であり、社会人になって初めて入った同人誌の主宰者)
あとのチェック対象者もほとんどがMLで御一緒したり、どこかのネット歌会で御同席させていただいた方々多い。

 題詠マラソンで初めてお会い?して気になった歌人はというと、直ぐに浮かぶ方がいた。
五指を挙げればしんくわ氏・斉藤斎藤氏・飛永京氏・浦奈保美氏・紅茶硝子氏だろうか。
 その後新聞紙上や雑誌等で斉藤氏の名前を見つけては驚いたもので、マラソン会場で初めてお名前を知った自分の不勉強さを羞じたものである。

 ここまで書いて思い出したが、実は、今回の出走はちょっと迷っていた。
自分の書くものが短歌かどうか解らなくなっていたのが一つ。
最大の理由は、昨年刎頚の友が、なんと無断で死に(題詠マラソン2004の後半40首がその挽歌)、そいつへの追悼をこめて詩集出版を計画しいて、そのために短歌がさらに中途半端になるかと思ったからである。
それが現金にも斉藤氏の出走を知るや、キーを叩いていた。


  seiさんのお目当ては誰だか知らぬが、その気持ちは少しだけわかる気がする。