だぁー、と今年は詩で伴走に挑戦!

[[題詠]]
 という訳で、このブログでは、題詠2006短歌マラソン〜ブログやでぇ〜(勝手に命名)の感想を中心に詩で伴走することにしました。

  詩は読み込むだけでは仕方ないので、ある程度そのお題がウエイトを占めることを条件とします。

 さて、どこまで出来ますやら。

  なお、本会場でも別名で走っております。

 あたらしい朝が来た 希望の朝だ ♪

とうわけで!!
再出発だぁ〜

  五十嵐さんが様相も新たに「題詠マラソン」を企画していただきましたので乗る予定です。

 しかし、ブログはほったらかすのが得意な私。
 すでに、2年連続の無念か!! まぁ、初回・2回を完走してるから5割はキープしているが・・・

 いや、そんな弱気でどうする。ともかくも参加だ参加!

遅まきながら名前の話

いやいや長い間の御無沙汰です。実業の方が某電機メーカーに勤めてまして、我社の商品が実は学校(専門学校)に納品しとるんですな。
ほんでこの時期は忙しゅうて、なかなか更新できませんでした。
 せやけど何ですな、もうぼちぼち投歌も落ち着きましたね。これぐらいの量は閲覧しやすくていいですね。
 えーと、今回は枕に筆名の話をちょっとさせてもらいます。
 昨年から、題詠マラソンで月読亭羽音を名のらせてもうてますけど、よう凝ったハンドルネームですね、いうようなお話をいただきます。
 ほんまはね、これ実はオフでの名前でして、もともとネットでは生奈旻士(いきなぶんし)っていうのを使うてました。
せやけど、出版化されもんやから、活字でハンドルネームちゅうのも仮面をつけとるようで、ややな思て、本名?にしましてん。
ここんとこ、同人誌やなんやに投稿する時は月読亭羽音でしたさかい。

 この名前の使い始めは昭和六十三年ごろやと思います。
仕事に失敗して、住所不定フリーターの時に、塩谷風月さん主宰のミニコミに使こうたんが最初やった気がします。
それまでは源夢人という名前を大学の文芸部時代から使ってたんやけど、井上二人さんがコンビを解消されて、お一方が夢人と名乗らはったんですな。
ほんで、有名な方のパクリや思われるんはいやで変えましてん。
丁度、信濃におるころで、どんな名前にしよかと、思てるときに、まんまるいお月さんが窓を覗きこんできて、思わずウオンと叫んでしもた。
ああ、これや、思うて「月夜見て、うおん!」
ほんで当て字探しになるんですが、月読亭は直ぐに決まりました。
まぁ、このゴロはそうあらへんし、この名前を考えた時に、まず二葉亭四迷を連想したので亭の字を貰い、「つきよみ」となれば大学時代の通学路(桂から太秦)にあった月読神社から恐れ大いことながら頂戴しようと決めました。

「うおん」は迷いました。おん=音はすんなり決めたんですわ。これなら頭にお月さんが照らしてくれて、足元をお日さんが照らしてくれる。
頭寒足温でからだに良さそうやさかいね。で、「う」、これが迷いましてん。
兎・烏・有・雨・卯・宇…う、う、ぅううぅう、う〜〜。
迷とったら不意に鳥の飛び立つ音が、ばさばささ、こんな夜更けに鵺かいな、と振り返ったら、白いお月さんならぬ、白い空。夜明けが近づいたんですな。
そう、これや、思うて『羽音』に決めました。いや、吉兆。
結構、運命的な名前におうた気がして、最近、イラストレーターで羽音たらくさんという方がいらしゃると知ったんですが、クレームが来ん限り、改名せんとこ思てます。
月読亭羽音の名前で小野十三郎師の大阪文学校を卒業してますしね。ちなみに、大阪文学校におったんは、阪神大震災の前後でしたな。
それともう一つ。うちの家系でひとり大先輩の詩人がいてはりました。祖母の従兄弟にあたる方なんですが大阪の詩人の重鎮でした。
近年なくなられたのですが、その方の名前もこの筆名に入っている。ほやから、余計にこの名前に愛着が出てきました。
この祖母の従兄弟、明珍昇おじさんに最後に会ったのは叔父の法事でした。こんな早くにお亡くなりになるなら関西詩人協会の会合に出てればよかった、と後悔しています。
(気後れして、なんか出にくいんですよね)
関西詩人協会に水口洋治さんに手紙で誘われたときに相談したのが明珍昇おじさんで「害にならんよって入っとたらええやろ」といわはってそれで決めたんです。
水口さん本人は忘れたはると思いますけど、18歳の時も一回「PO」に誘われているんですよね。そん時断ったのも引っかかていて、それもあって入会しました。もっとも不肖の会員ですけどね。
なんや話が逸れましたな。
名前の話をもう一つ最後に・・・・・・今回の題詠マラソン参加者で好きなお名前は田丸まひるさん・しんくわさん兄弟、謎彦さん、斉藤斎藤さん(これは盲点)、村上きわみさん、んもさん。
でもって、由来を聞いてみたいのはしんくわさんですね。




さて本題、今日、足が止まった短歌を



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  盗まれて捨てられている自転車が錆びていくのを横目で見る日々 丸井真希

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 毎日のささくれのように目につく盗難車。そうわかっとっても、誰かに告げるわけもなく、
そういうて、全く気づかへん振りも出来ない。
 そないなことって、日常に何かしらありますよね。「日々」と無造作に言葉を切っているのが
 余計に日常の倦怠感が浮かび上がるような気がしますな。

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  雨上がりふれふれ桜みずたまりさかなになってきらきら泳げ ぴいちゃん


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  桜は散り際が美しい。雨上がりはなおさらやね。
  そのしっとりとした光景に、ミスマッチの明るさが魅力ですね。


ほな、また。三月の総括も出来たらしてみたいもんです。

手を出せばほろんと零れてたなごころ淡い葡萄の夕暮れなのです 羽音


『優しい時間』が最終回を迎えました。
初めて、いや、2回目なんかな、倉本聰氏の連続ドラマを最後まで見てしもたんわ。世代的には『北の国から』や『昨日、悲別で』を見ていてもええんやけど、高校・大学時代はTVを見なかったもんで知らへんのです。
『前略、おふくろ様』は中学時代まで就寝九時が我が家の掟だったので無理やったし・・・・
渡哲也の『浮浪雲』と大滝修治の単発ドラマ『ホンカン』はすごく好きなシリーズでモノマネもしました。あの2作が倉本作品と知ったときには驚きました。
今、思たら、やはり空白の使い方が倉本作品やったんかな、と思います。実は最後まで見た連ドラのもうひとつは『浮浪雲』です。
 今回のドラマは、富良野が舞台なんですね。
 富良野には1週間ほど滞在したことがあります。麓郷でした。『北の国から』は、その頃全然見てなかったんで、宿の場所が麓郷がゴローの家がある場所ときてもピンとこなかった。
ともかく空気が綺麗な場所でした。
 富良野の記憶は夕暮れがとっても綺麗だったこと。あないな美しい薄紫の空は見た事がなかった。
 それを『淡い』というお題で思い出したんです。そういうたら、あの夕暮れは壊れそうなぐらい淡い夕暮れやったな、と。
それをそのままうとたんがはじめの短歌です。

 せやけどなんですね、『優しい時間』を見たら、喫茶店がしたなりますな。20代の頃、長野の『OREAD』と網走の『麗門亭』で住み込みのバイトをしていたことを思い出しました。
 いつか茶店のマスターになりたいな、それが最終の夢ですかね、70歳でも80歳でもええからやってみたいですね。
 このドラマを見ながらなんどもそう思いました。
   ほんま、喫茶店に流れる時間は独特なんですよ。

   ほな、今日、足を止めた短歌を

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 春告げにわが喉元を訪れし素魚(しろうお)明るき弾力に満つ  島菜穂子

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 上の言回しが粋ですね。生物の力強い生命エネルギーをもろた感じが伝わってきます。
惜しむらくは全体の言葉のリズムが結句で崩れたために、全体のリズムも歯切れが悪くなったのが残念ですな。


 

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明日でも 今日でもないよな 午前二時 空間だけの ような気がする  美穂


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ああ、この感覚なつかしい。独身の時、こういう風に思ったもんですよ。
なんか時間から浮き上がった空間ちゅう感じですね。
今は子供寝かして、ビール飲んで、その午前二時は紛れもない今日の準備の今日。
ピュアな感覚は遠い昔でんな。

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 思いたち風にまかせて行けるから今度は蜘蛛に生まれてこよう 仁村瑞紀

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やられてしもた。そう思いました。
蜘蛛が飛ぶ話で短歌作るつもりやったからね。
先に、

『糸ひきて蜘蛛は飛びたりすぎし日の苦き数々断たんとすれば   さよこ 』

が、投歌されていましたが、この歌は観念があって、それほど飛行感がない。
せやけど、この仁村さんのお歌は空高く舞い上がる蜘蛛が見えて、いい歌ですね。
蜘蛛は空を飛ぶんでっせ。ほんまの小さな蜘蛛ですけどね。お尻から、ぷうと糸を膨らませて風まかせで、
飛ぶんです。日本では北国で晩秋に見かけられるよって「雪迎」なんて綺麗な名前で呼ばれます。
欧州では、それが蜘蛛とは気づかず神秘的なものとして、「聖女の糸」なんて呼ばれています。

 しかし、「蜘蛛に生まれてこよう」と言い切る意外性には参りました。

  ほな、また。

          

新しい恋がはじまる春うららドラえもんの声もかはつて 杉田加代子

なんやどうも大山のぶ代ドラえもんが今日までのようですな。
杉田さんの歌はそういう何かが変わっていく予感を読んだもんでっしゃろ。
 新聞の見出しなんかは「初代声優集大成スペシャル」なんて銘うっとりますが、
このドラえもんは初代やあらしまへん。これはわてらが高校時代に始まった2期目で、初代は小学時代にほんの一年ぐらいで終わってま。
 あの時の歌「僕のドラえもんが町を歩けば、みんなみんなが振り返るよ。はぁドラドラ、はぁドラドラ、風切るオツムはつるつるてんだよ、ドタドタあんよは偏平足だよ・・・」この方がしっくりきます。
そりゃそうでんがな、高校時代は、もうアニメなんか見てまへんでした。実は同世代はガンダム一期生なんですけど、わては知りまへんねん。
 その頃は演劇少年・文学少年・ギター少年で、寺山修司唐十郎中原中也中島みゆきなんかとべっちゃりでしたから。
せやからドラえもんの声は大山のぶ代より富田耕生なんですわ。
富田さんは、ドラえもんの少し前に魔法使いチャッピーのパンダ役、ドンちゃんの声をしていたはって、その声が好きやったからドラえもんもすぐに好きになりましてん。
もともと大好きな漫画やったしね。
 声優は番組が長いほど変わるんはしゃあないけど、しっくりはまって欲しいもんですな。
わてのアカンのは栗田のルパンでんな。あれはなんやルパンの感情より、山田康雄やったら、こないにしゃべるんちゃうか、とか声色に気ぃとられとる。
最近、サザエさんのカツオの声が先代そっくりになってきやはったけど、あれは富永み―なが自分なりのカツオ像を考えるうちにああなったんちゃいますかな。
初めはだいぶ違てましたからな。あれはあれで肉がついたんでんな。ところが栗田貫一は肉がない。皮もかぶっとるかどうか。
まぁ、特番の単発やからしゃあないかも知れんけど・・・自分のルパンはないんでんな。
そう思いながら不意に自分の短歌は肉があるんかな、と思た。小手先ちやうかと。
せや、多分、小手先やから昨年、出版用の三十首を選びきれへんかったんやな。
今年は、一首でも肉感のある短歌を詠みたいもんですわ。

ほな、今日の(三月十八日の)足が止まった短歌のオハナシでも・・・・・・



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 メガホンを取れ 思い切り叫べ 愛は永遠不変のものじゃないから
                         
                          やまもとまき
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 そうだ、今しかないんだ、そら叫べ、オジサンが見守ってってやるぞ!
 思わず握りこぶしを作って力んでしもた。せやで、そういう一瞬をものにするさかい、
 永遠に感じる可能性がある愛をつかめんねん。ええ青春歌やね。



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 うたた寝のつららすっかり満ち足りてげになにげなく春にとけこむ
                         
                          斉藤そよ
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これはもう可愛い歌で、メルヘンチックな早春賦やね。
こんな風なつららの詠み方はオジサンにはでけへんわ。

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 いつだつて毒はたつぷり食べてきたさつかりんさつかりんさつかりん
                         
                         村本希理子
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現代食生活の真実やね。
正面切ってきた気風とまじないみたいなサッカリンのリフレインがええね。
この歌には、なんや覚悟のような、諦めのような、もやもやした感じがうまく出てる思うよ。




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 順々にいろはにほへとちるぬるを唱へ小粒の探偵走る
                         
                          樹里
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これは『探偵ごっこ』の光景や思てんけど、まだこんな遊び残ってるんかな。
「いろは」と数えだして「ぬ」で止まった奴が盗人(ぬすっと)組。
ちりぬるおわかよ「た」、で止まったら探偵組で変形鬼ごっこするんやったけど。
息子なんかは(現在小2)しよらへんけどね。
なつかしく、ほほえましく、つい立ち止まってもうた。

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 この橋を越えたらそこは別の国言葉も顔を変わらないのに
                         
                          はぼき
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 この国がそうならんでよかったな、と思うわ。
天竜川と千曲川を越えたら、ソ連の東日本、アメリカの西日本みたいな感じにならんで。
イムジン川に橋はあらへんけど、ほんまそんな感じやろね。
昔、フィンランドからスウェーデンの国境を越えた事があるけど、橋だけでなんも検問もなかった。
あの時の風景も思い出したわ。前年のアメリカとメキシコの国境と180度違ごて、なんやほっとしたん覚えとる。
 


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 くやしくて仕方がなくてくやしさがスーツの中でくやしく匂う
                         
                          足立尚彦
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短歌は三十一文字しかない。言葉は大事にせなあかん、同種や同じ言葉の繰り返しはようないで。
そないいわれたことが何度もあるけど、この足立さんの歌で3回のくやしはどれも消されへんね。
ええ味で、ほんま「くやし」が匂い立ってるわ。



   ほな、今回はこんなこってす。
   また。気ぃ向いたときに。

ほんまにずぼらでかんにんでっせ

【 本日立ち止まった歌(3/10) 】


迷い道する子に亡き父から手紙「季語の数だけ幸せの数」 岩井聡

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『季語の数だけ幸せの数』ちゅうのは名言でんな。
 もうこの言葉だけにまいってしもうた。


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ならずもの。このやわらかいひびきならならずものになろうよみんな 足立尚彦

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確かに平仮名表記は柔らかおまんな。ちなみに漢字表記だと『破落戸』
破れ落ちた戸とは、なんやえらい荒涼とした感じでんな。この字やとならずものになろとは思いまへんわ。
最近は政治用語みたいに「ならずもの国家」とか使ってますけど、ほんまはあんまりこの言葉は使いまへんな。
なんや劇や映画の言葉みたいで、そやから、なんやイイ響きに感じてしまうんでんな。
「ならずもの国家」でも、何や亜米利加はんに正面切って啖呵を切れる骨太みたいなイメージもありまんな。
『破落戸』は漢語の意に和言葉をつけたもんで、本来は『成ら不者』、こう漢字にしてもいただけまへんな。
つまりは永遠に半人前ちゅうこっちゃね。せやけど平仮名やったらやさしい。
足立さん、ええとこに目を着けはりましたな。しかも、ほのかな反米の香が爽やかでんな。